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花菖蒲

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      花菖蒲 舌ひるがえす誰や彼や   伊丹三樹彦


 ご希望の方は、伊丹三樹彦の句に対する輪講(「青玄」掲載)をMoreからご覧下さい。
 輪講者の利治はto_shi_boです。
 尚、輪講に対するコメントは不要です。



 伊丹三樹彦句集輪講 5

 『夢見沙羅』第三回

                  (輪講者)
                   前田  勉
                   藤岡 初尾
                   本田 信美
                   荒池 利治


花菖蒲 舌ひるがえす誰や彼や   伊丹三樹彦
 
初尾:何人かの仲間が連れ立って談笑しながら菖蒲園を散策している光景であろう。 「舌ひるがえす」という表現が非常にユニークだ。ほかではほとんどお目にかからない。まあ次から次へと新しい表現が飛び出してくるのは流石と思う。
 何かの話題について話していたと思ったら、また違う話が飛び出してくる。それを「舌ひるがえす」と言ったのだと思う。しかし「舌」ということばに詩的な響きが乏しく「舌ひるがえす」は「前言をひるがえす」という言い方を連想するから、楽しそうな談笑の風景とはマッチしないように思うがどうだろうか。
 「誰や彼や」は[たれやかや」と読むと教えられた。これは単に一般の人か、それとも特定の人を指すのか。私は散策中、連れ立って歩いている仲間の誰彼なしにいろんな話題が飛び出してくることをいっていると解したがそれでよいか。
 
信美:広辞苑では「舌をひるがえす」は『びっくりする。きもをつぶす。』の意味とある。これを分けて問うと「舌」はしゃべること、弁舌。「ひるがえす」はひらりと返す、裏がえす、態度や説をにわかに変える、となる。この意味の落差はどこからきているのであろうか。一般的な感覚では「舌をひるがえす」とは後者の意味で使われることが多いと思うのだが。前者、後者の意味でこの句の解釈がまったく違ってくると思う。

 :「舌ひるがえす」がこの句の焦点だが、初尾がいう通り美しい菖蒲園ではみんな舌が滑らかになり、話題が次から次へ飛び交う様を詠っているのだろうが、それでは余りにも句が浅すぎる感があり面白くない。信美も触れているが、私はむしろ「舌ひるがえす」に人間社会の反旗、裏切りという行為を主に考える。「花菖蒲」を観ていると色んな過去の蟠りがふっと消え去ったという解釈をしたい。
 
利治:反旗、裏切り・・・との解釈は過剰反応。「舌ひるがえす」はもう少し素直に読むべきではと思うが・・・。靑玄600号特集「伊丹三樹彦の本」で句集「夢見沙羅」を推す人が意外に多かった。その反響は「花追い人三樹彦」「花恋句集」「花を愛し、花を恋する・・・」「リリシズムの完熟」等である。批判的リアリズム当時なら勉の解釈もあり得るが、この期に至ってはこの句、リリシズムの完熟という見方が的を射ているといえないか?

 初尾:勉の説になるほどと思う点がある。私の解釈のように単に話題が次から次へ飛び交う様を詠うとすれば「舌ひるがえす」などという変わった表現にはならないかも知れない。しかし私も利治同様「人間社会の反旗、裏切りという行為を考える」ところまでは飛躍できない。人それぞれの解釈で良いとは思うが、そう考えてくるとこの「舌ひるがえす」という表現はなかなかやっかいだ。
 
:利治がいう通り「リリシズムの完熟」なのかもしれないが、批判的リアリズム当時、青年期をむかえていた私にとっては物事に対する批判的精神が今もなお燻ぶり続けている。「舌ひるがえす」を弁舌さわやかと解するか、人の造反と解するかによって大きく句意は違ってくるが、私は唯単なる楽しい一時を菖蒲園で過ごしているとは解したくはない。
 
信美:初尾のいうように「舌ひるがえす」という表現は意外にやっかいに思う。私自身まだ釈然としない部分が残っている。「リリシズムの完熟」という解釈も理解できるし、勉の意見も否定できない。練達の三樹彦なれば表の意味・裏の意味も含めて読み手に解釈を任せるために敢えてこのような表現にしたとも考えられる。この句にひとつの解釈を求めようとする方が無理かも。
 
利治:この句が重層的である為には「花菖蒲」ではなく、例えば「枯蓮」などという語句が上五に坐る必要がある。周辺に咲いている菖蒲がそよ風にはためき、その花弁の一つ一つがまるで舌をひるがえすように靡いている。謂わば美しい自然を象徴的に「舌ひるがえす」と詠んだ。花弁と人間の舌を一つの共通項とした作句術で、花恋句の領域に位置するとみる。
 勉同様、過去に批判的リアリズムを実践してきた者として、勉の見解を容認しつつも、この句に関しては素直に花菖蒲の世界に浸りたい。
 従って「誰や彼や」は特定の仲間を指すのでなく「菖蒲園散策の人たち」とみていいのではないだろうか。

初尾:そうかなるほど菖蒲の花びらは舌を連想させるなあ。その連想から「舌ひるがえす」が出てきたのかも知れない。そう考えると勉がいうほど深く読む必要はないのかも知れない。しかし勉の評論姿勢や作句姿勢は勉独自のものを持っており、それはそれで貴重だと思うから、利治や私の解釈に合わすことはないだろう。信美のいうようにひとつの正解を求めなくてもいい。
 この句は発表されてほぼ二七年、世人は「舌ひるがえす」をどう読んだのだろう。ことに青玄人の先輩はどう読んだか、機会があれば聞いてみたい気がする。
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by to_shi_bo | 2012-06-13 00:00 | 花・植物 | Trackback | Comments(10)
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Commented by 桜姫 at 2012-06-13 01:16 x
 < 花菖蒲 舌ひるがえす誰や彼や   伊丹三樹彦

とし坊たちの「論講」に感服♪ 良いお友達を持たれて、お幸せですね♪
今日は「花菖蒲」繋がりですね♪
Commented by ccrkasago at 2012-06-13 11:08
こんにちは 広い花菖蒲が美しい広がりをとらえていますね、のんびりとした午後を感じさせてもらいました、 
優雅に咲いている花菖蒲は京都の武家社会の印象もありますね、
Commented by mariko789 at 2012-06-13 13:47
こんにちは♪

>花菖蒲 舌ひるがえす誰や彼や   伊丹三樹彦

菖蒲の花びらは、ほんと、舌のようです。
風でもちょいと吹けば、ぺらぺらと喋っているように見えますよね
論講、拝読しましたが、私も利治氏のご意見に賛同です。素直に・・・ですね♪

画像、少し遠くから全体像を、次にアップで、最後にちょっとまた引いて。
自然な感じがいいですね!
私、このように自然に撮れている作品がいいなと思うようになりました♪
Commented by to_shi_bo at 2012-06-13 17:27
★桜姫さん、コメント有り難う御座います!

花菖蒲繋がりでしたね。
「さ」さんの方には真央ちゃんという強い味方があり、参りました!
Commented by to_shi_bo at 2012-06-13 17:28
★ccrkasagoさん、コメント有り難う御座います!

>京都の武家社会の印象・・・
う~ん、ccrkasagoさんの発想力には追いつけません~~~(汗

ccrkasagoさんの花菖蒲も素敵でしたよ!
Commented by to_shi_bo at 2012-06-13 17:29
★mariko789ちゃん、コメント有り難う御座います!

青玄誌上で輪講は長く続けました。
結構評判は良かったのですが~~~佳境に入るときに三樹彦が
脳梗塞で倒れ、それが主原因で廃刊になってしまいました。

>・・・自然に撮れている作品がいいなと思うようになりました♪
褒めて頂いたのかな?
ちょっと平凡な記念写真が続くので、ぼちぼち変わった撮り方を
しようかと考えていたところです・・・が、何か戸惑ってしまい
ました。
まあ、楽しく撮るというのが根底になければダメでしょうね。
Commented by at 2012-06-13 19:37 x
こんにちは 菖蒲さきはじめましたね。 こちらも咲いてます。
一番下の写真 バックがつぶれてて 好きです。
論講よませていただきました、こうして句を鑑賞していくのですね、
ありがとうございました。
Commented by to_shi_bo at 2012-06-13 20:30
★鮎さん、コメント有り難う御座います!

阪神間では今菖蒲の最盛期ではないでしょうか!
綺麗に咲きそろっていますが、写真を撮るには
難しい被写体ですね。
写真もさることながら俳句の鑑賞も一筋縄では
いきませんね~~~(笑
Commented at 2012-06-14 14:46
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by to_shi_bo at 2012-06-14 17:18
★鍵コメat 2012-06-14 14:46さん
コメント有り難う御座います!

難しいことは分かりませんが了解です。
先日大阪心斎橋で起きた無差別殺人事件とよく似ています。
注意しておきます!