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俳句・日野草城


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ミヤコ ホテル連作:日野草城(昭和9年・句集「昨日の花」より)

けふよりの妻と泊るや宵の春

春の宵なほをとめなる妻と居り

枕辺の春の灯は妻が消しぬ

をみなとはかかるものかも春の闇

薔薇匂ふはじめての夜のしらみつつ

妻の額に春の曙はやかりき

うららかな朝の焼麵麭(トースト)はづかしく

湯あがりの素顔したしも春の昼

永き日や相触れし手は触れしまま

うしなひしものをおもへり花ぐもり

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by to_shi_bo | 2012-06-19 00:00 | 花・植物 | Trackback | Comments(10)
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Commented by みなみ at 2012-06-19 08:25 x
to_shi_boさん おはようございます♪

日野草城
ちょっとググってみたら
新婚初夜をモチーフとした
「ミヤコホテル」10句なのですね☆
最初から最後までが一つの文章かと
思ったら 10句の連作だったのですね(笑)
昭和9年発表された当時は
かなり論争になったと書いてありました…

『妻と』と書かれてはいるけれど
新婚旅行はしていない…
これが完全にフィクションだなんてびっくりです^^;
もしや別妻と?(¬_¬;) 

優美で爽やかなオレンジ黄色の薔薇に
ロマンティシズム&ちょいエロティシズムな俳句をプラスして
花を添えましたねd(^-^*)
いや
詩に 文字通り花を添えたのでしょうか…('ー'*)ふふっ♪
Commented by at 2012-06-19 11:27 x
おはようございます、 台風の雨が一杯降っていますが 関西は大事ありませんか。

この 日野さんのこの10句は有名ですね

自分の気持ちをこのように 詠えるように なりたいです。

自分をさらけ出すこと むつかしいですね。





Commented by mariko789 at 2012-06-19 13:43
こんにちは

日野草城さん、大好きです♡
このミヤコホテルも何度か読み返しました

>うららかな朝の焼麵麭(トースト)はづかしく

>うしなひしものをおもへり花ぐもり

たとえ事実でなくても、文学として優れているものは素晴らしいと思います
桜姫さまのお好きなクリーム色の薔薇、うしろの紅い暈け、
素適な花を添えられましたね(^_−)−☆
またこのような企画、楽しみにしております♪
Commented by ccrkasago at 2012-06-19 14:59
こんにちは 文学が全く苦手な私は俳句や短歌を読むと短い文章の中に感情の表現が織り交ぜてありますね日本語の素晴らしいところが短歌や俳句だと思っています、これからも楽しませてください、
Commented by to_shi_bo at 2012-06-19 16:58
★みなみさん、コメント有り難う御座います!

日野草城を検索頂いたんですか~~~!
お手数をかけました。

昭和9年発表のミヤコホテルは大論争だったのでは・・・と思います。
結果、草城は高浜虚子のホトトギスから追放されてしまいました。

この連作はフィクションですね。
草城は昭和6年に結婚していますが、おっしゃる通り新婚旅行たる
ものとは縁がなかったようです。
”夢追い”と”フィックション”は紙一重です~~~(笑

この写真は撮るときから草城のミヤコホテル連作を頭に置きながら
のものです。それにしては未完過ぎますね~~~(笑
Commented by to_shi_bo at 2012-06-19 16:59
★鮎さん、コメント有り難う御座います!

只今雨は激しく降っていますが、風は思ったより吹いていません。
台風の進路が北北東から北東に変わったからでしょうか?
むしろ鮎さんの地方がターゲットになってしまいましたね。
気を付けて下さ~い!

今日の「カラスアゲハ」の句は草城の句に負けていなかったですよ。
Commented by to_shi_bo at 2012-06-19 17:00
★mariko789ちゃん、コメント有り難う御座います!

あれ、日野草城の後に”♡”マークですか~~~(怒!
to_shi_boの後にもこのマーク欲しいわ~~~(笑

俳人や俳句をたしなんでいる人には草城の「ミヤコホテル連作」はよ~く
知られていますね。
草城がホトトギスを追われた最大の原因がこのミヤコホテルにありました。
それともう一つ、「無季俳句容認」を口にし出した頃かもしれません。

草城の一人娘の温子(はるこ)さんのご主人が「暁」主宰の室生孝太郎氏
です。終刊後「青玄」はこの「暁」と伊丹三樹彦の長女・啓子氏を代表とす
る「青群」に分裂してしまいました。共に日野草城を師系としていますが少々
色合いが違ってきましたね。
Commented by to_shi_bo at 2012-06-19 17:01
★ccrkasagoさん、コメント有り難う御座います!

>日本語の素晴らしいところが短歌や俳句・・・
このご指摘は俳句や短歌に挑戦している人には嬉しい言葉になりますね。
草城は「俳句は東洋の真珠である」といっていました。
ズバリの言葉だと思います。
Commented by 桜姫 at 2012-06-19 23:51 x
 < 春の灯や女は持たぬのどぼとけ
 < われ咳す故に我あり夜半の雪
 < 夏布団ふわりとかかる骨の上

日野草城は、上の句ぐらいは聞いた事がありますが♪
そんな事件があったとは知りませんでした!(無知・汗・笑)
当時は大変だったんですね!
教えて下さって♪又黄色い薔薇を有難う御座いました♪
Commented by to_shi_bo at 2012-06-20 15:10
★桜姫さん、コメント有り難う御座います!

草城は昭和10年前後西東三鬼らと共に新興俳句の旗手と
いわれました。
ホトトギス破門後は無季俳句を容認する立場をとります。
その代表作が
・見えぬ眼の方の眼鏡の玉も拭く   草城
ですね。
昭和24年に「青玄」をスタートさせましたが、昭和31年
没後「青玄」は伊丹三樹彦の継承となり俳句現代派を目指
したのです。to_shi_boはその青玄へ高校生の頃から籍を
置いていたという歴史(?)がありま~す~~~(笑